いくりんのブログ

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

やさしさが邪魔をする

 どこかで聞いたことのあるタイトル、どこかで聴いたことのあるメロディー、どこかで訊いたことのある別れ話である。

 何気ない日常を過ごすそのカップルはお互いのことを理解していることからくる一定の余裕が感じられる。彼は彼女の理解者で彼女を心から愛しており、彼女も彼の愛情を非常によく理解しており、感謝もしている。傍から見ると順風満帆のカップルではないか?

 好かれあう男女がどうして別れなければならないのか理解に苦しむことがある。刺激が足りなくなった?親や親族の反対を受けた?どうも違うようである。彼女には夢があるらしい。その夢を叶えるためには彼と一緒にいることは不可能だという。彼は言うだろう。「○○(彼女)の夢を俺は近くで応援したい」と。しかし、彼女は独り言のように言うのだ。「○○(彼)のやさしさに甘えたくない」と。彼女は決して彼に対して大きな不満を頂いているというわけではない。自らとともに歩んでいくことは彼にとって負担になると考えているのだ。彼女の考える夢は二人で紡いでいく未来ではない。お互いの描く夢は違う。

 どんなにそれが苦しいことであっても、そう簡単に受け入れられることではない。彼女がどれだけ彼に対して申し訳ないと思ったところで、彼は容易にあきらめることはできない。人はわがままな生き物である。愛した人を簡単に手放せるほど「よくできた」人はあまりいない。自らの幸せと彼女の幸せ、そのどちらも取るためにはどうしたらよいのか。はたまたそのようなことは可能なのかと悩み苦しむ夜。だが、彼は彼女の夢とともに歩くという選択をしない決意をする。彼女のこれからの未来を思うとそれがベストな選択だと考えたからだろう。その利他的な心は「やさしさ」や「思いやり」と言ってしまえば綺麗だが、偽善や欺瞞に繋がりかねない脆さを秘めている。

 彼女のために別れる決心をした彼は、彼女との寂寥の恋を噛みしめる。彼女の夢を応援することは彼女を幸せにすることになるのかどうか実際のところ分からない。果たして何のために、彼女を失うのか。何のために、悲しみに耐えているのか。ただただ、彼女に対して悲しい素振りもつらい言葉もこぼしたくない。それはある意味、かっこ悪い男のプライドのようなものだ。そんな強がりが、偽善的なやさしさが、本当に二人にとって良いことなのかと冷静に批判することは誰にでもできる。しかし、その選択が、その生き方が正しいと自らを納得させるために、彼は離れていく、愛する人の背中を追いかけることなく見送る。ソファーの上にぴたぴたとこぼれ落ちる涙はどうしようもなく塩辛い。

 

 日向坂46の2ndシングル「ドレミソラシド」のTypeCに収録されている「やさしさが邪魔をする」。加藤史帆渡邉美穂、上村ひなのの三人が表現する歌声と世界観が非常に魅力的な楽曲となっている。

https://www.youtube.com/watch?v=88l4oRQGwB0