いくりんのブログ

つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

コロナショックにより顕在化しつつある・・・

はじめに

新型コロナウイルスの影響で街中から人が消えた。様々なイベント自粛要請や公立小中高の臨時休校など、方法論の問題や意思決定のプロセスの問題はあるにしろ感染症予防や拡散防止のためには必要な対応だったと思うし、国民、市民の健康が脅かされる危機の中でやむを得ない判断だっただろう。とはいえ、気になるのは、経済活動への影響だ。商品販売を業とする企業であれば中国に製造や加工のための工場がある場合や中国企業で製造、加工された商品を自社に仕入れる場合が少なくない。生産工場の操業再開は進んでいるものと見られるが、納期の遅れが商売に少なからず影響を及ぼしている。新型コロナウイルスが落ち着き、経済が動き出したときに、生産が需要に追いつくのかという懸念もある。

 

 今回、私の専門領域は与信リスクに関してなのでそれについて考えてみたい。一番の懸念は倒産だ。「コロナショック」で倒産する企業が増えるのかについてだが、大きくは増えないというのが現在の見立てだ。インバウンド需要に依存している企業にとって今回の影響は特に大きく、すでに資金繰りに窮して倒産する企業が見受けられる(飲食業などでは、インバウンド需要だけでなく国内の消費者の需要も大きく減退しているようだ)。とはいえ多くのインバウンド企業にとって、今回の危機は一過性のもので外国人観光客はいずれ戻って来るから売上は回復するという見立ては一理ある。楽観的ではあるが、現状を底だと考えるなら当然だ。また、「金融円滑化法」の実質的効力が復活することも大きい。新型コロナウイルスの感染拡大による中小企業の経営悪化を食い止めるため、金融庁主導で金融機関に融資先への返済猶予などを促す考えが示されている。企業は手元にキャッシュを有している限り倒産しないので、金融機関から支援を打ち切られることが無ければ倒産はしない。リーマンショック後の不況も、この法律の実行力が継続した結果、日本企業の倒産(ここでは、破産、特別清算民事再生、会社更生のいわゆる法的倒産だけでなく、手形の不渡りやその他の私的整理を含む。)は毎年1万件に満たないほど少なく抑えることができている。その分、地方銀行を中心として金融機関は苦しい状況を強いられているという面はあるが。

 

動態観察の重要性

 大事なことは、倒産が大きく増えないからといって、取引先の信用状態が変化しないというわけではないということだ。倒産が増えないから、今まで通りの商売をしていても問題無いのかというとそうではない。安定した営業基盤を有し、資金面に余裕がある優良先との間の取引であればとりわけ問題は無いが、得意先の販売ルートや顧客基盤の必要性、担当者や代表者との人間関係、過去からの長年の取引実績など、様々な要因が絡み合い、信用状態が芳しくない企業と取引をせざるを得ない場合は往々にしてある。そのような企業との取引を行うには、決算書の入手や信用調査会社(帝国データバンク東京商工リサーチ)の調査報告書の活用に加えて、営業部門による相手方企業の動態観察が必要になって来る。企業の状態は決算書に表れるとは言うものの、決算書はあくまで間接的な情報として分析できるものであって、与信判断の必要条件であっても十分条件ではない。

したがって、得意先の信用状態の分析をより厳密に行うためには、営業部門による動態観察が重要である。具体的に動態観察が何なのかというのは定義できるものではないが、相手方の代表者の人柄や能力、健康状態などを把握し、従業員の増減や、幹部の退職等が無いかのチェック、あるいは商売の状況や在庫の状況、自社への支払状況など、目に見える状況から直接聞くことができた情報まで様々な情報を入手することが必要になってくる。営業部門は目先の売上と利益を稼ぐことが最も重要な使命だと考えがちなので、得意先の信用力は二の次になることが多い。しかし、倒産が企業経営に及ぼすダメージについては以前述べた通りである(https://ikurin0625.hatenablog.com/entry/2020/01/12/094247)。特別なチェックポイントを意識しなくても相手先の代表者や担当者との会話の中で感じられたものや、業界内での噂のようなものでも一定の意味がある。

 企業の信用状態は刻一刻と変化していくので、営業部と相手方企業との接触頻度と動態観察が物を言う場合が多い。そこで何らかの異変を感じ取ることができれば、与信の圧縮や取引の停止を早々に判断することができ、万が一の場合の被害を最小限に抑えることができるからである。

 

保険とモラルハザードについて

 ここでもう1点考えておくべき喫緊の問題がある。それは、今回の経済情勢の悪化で取引信用保険や保証ファクタリングといった債権保全策が十全に機能しなくなる可能性があるということだ。商社のような企業は、もし得意先が倒産してしまった場合に何も債権保全策を講じていないという場合は現在少なくなった。昔であれば、信用不安先については、債権保全のために何らかの担保を取得することがあった。不動産の(根)抵当権の設定は金融機関でない一企業が行うのは難しい場合が多いが、有事の際に得意先の第三者に対する債権を譲渡してもらう契約や、動産(例えば在庫)を譲渡してもらってそれを換価して債権に充当するといった契約を結んだ上で取引を行う、あるいは最も確実な債権保全策として、得意先から保証金をもらい、その範囲内で商売を行うというものもある。

とはいえ、担保権の実行に関わる手続きは専門的な知識が必要で、相手先や弁護士や裁判所とのやり取りが煩雑になることも多い。そこで、近年では取引信用保険という便利な商品が出てきた。これは、得意先(=債務者)に対して有する債権が焦げ付いたときに、保険会社に一定限度額の範囲内で保証してもらえるというものだ。自社としては得意先に保険を付保したことに知られずに(上記のような面倒な契約の手続きを踏むことなく)、債権保全ができるので非常に使い勝手が良いのだ。しかも、得意先すべてに一定額の範囲内であれば限度を付けてもらえるという制度(「裁量与信制度」という)があるので、小規模な商売をしている企業に対していちいち「付保したい」という通知を保険会社にしなくても良い。その使いやすさと費用負担の軽さから現在では取引信用保険を利用している企業は増えていると思われる。ところが、ここで思わぬ落とし穴がある。いわゆる「モラルハザード」の問題だ。与信管理上、取引信用保険は非常に便利で経営戦略として有効利用すれば売上の向上にもつながる。しかし、保険会社に依存して販売活動をしていると、いざ急に下駄を預けられたときに多額の損失を被ってしまうという点は忘れてはいけない。

保険会社の立場で考えると分かりやすいかもしれない。保険を掛けた得意先企業が倒産して貸し倒れが生じると、自社は保険会社に求償するが、保険会社はその費用を支払わなければならない。自社からすれば、「それが仕事なんだから当然だろ」という気持ちになるが、保険会社がそのような損失を被りたいはずがない。したがって、保険会社も対象得意先の審査を行う。審査の結果、問題の無い企業であれば付保されるが、信用不安先については付保を取消される場合もある。付保を取消されてしまうとどうだろう?貸し倒れが生じても保険でカバーできるから販売に注力していればいいと思っていたが、いざ保険が取り消されて倒産の被害に遭うと、その債権額全額が損失となる。倒産に遭った場合の影響については以前述べたが、数百万円の貸し倒れであっても、その影響は小さいとは言えない。

 

 保険は後受けであって、それを前に出して安全だと考えてはいけない。「コロナショック」のような事態で経済的にダメージが大きいと、以前から信用力に不安のある先については保険会社も保守的な対応を取らざるを得ない。保険会社が自社にとって都合の悪い対応を取るならば、自社の与信管理体制が日頃から十分に構築できているか考える/構築する方が余程重要だ。そのために必要となって来るのが、与信管理担当部署と営業部門の有機的な連携と経営陣の理解になる。この点についても、おいおい考えていけたらと思う。

 

おわりに

2019年の9月以降、倒産する企業が前年に比べて増加傾向にあり、新型コロナウイルスの影響がその傾向に拍車を掛けている。従前からの販売不振と消費税の増税に加えて、コロナショックが重なることで、以前から資金繰りに不安を抱えていた企業がバタバタと倒れていっている。その数も負債額もとりわけ大きいとは言えないのでマクロ的に見れば大したことは無いのだろうが、自社が倒産の被害に遭うか遭わないかというミクロの話が当事者にとっては問題なのだ。これから先、インバウンド需要に依存していた新興の企業や、財務内容が元々悪い企業とは特に注意しながら取引を行う(あるいは撤退する)必要がある。マイナスの影響を考えてばかりで鬱屈になるが、想定される事案は先に手を打っておかなければ後で痛い目に遭う。自戒を込めて…。

 

以上